これまでの人生で、たくさんの素敵な先生、先輩・後輩から、多くのことを学んできました。
ただ、その中で、忘れられない苦い思い出があり、その経験をケイの受験勉強にも活かしてきました。
めちゃくちゃになった、ぼくの絵
小学校5年の時だと思います。
図工で、ゴッホの星月夜を模写するという授業がありました。
私の絵を描くペースが明らかに遅く、他の生徒よりもなかなか進まないでいました。
業を煮やした先生が、私の絵に筆を入れました。
先生としては、よかれと思ってされたことでしょうが、私としては、「えっ」という感じで、
途中からどう描いていいか、わからなくなってしまって、めちゃくちゃなものになってしまいました。
ぼくの絵ではなくなってしまった、、、、
完成した絵は当然のようにひどいもので、順番にみんなの絵を見ていって、笑いものになってしまったのが強烈な負の思い出として残っています。
それ以降、絵を描くことに非常に抵抗感があり、ケイの弟ジェイから絵を描いてとせがまれることがあるのですが、ハハに完全におまかせです、、、
新人研修で落ちこぼれ
大学を卒業して入社した会社で新人研修を受けたときのことです。
文系の学部卒でしたが、ソフトウェアの開発を行う部署を希望していました。
一応期待されてのことだと思いますが、一番上の研修クラスに入れられ、私以外はすべて理系出身、もしくは、プログラム経験ありの同期と研修を受けていました。
ですが、パソコンもまともに触ったことがなく、用語もわからなければ、プログラムの基本さえわかっていないので、正直、どこから手を付けていいのか、
どこがポイントで、どう質問すればいいのか全くわかりませんでした。
私が、周りの同期に聞こうとするので、講師の先生が、私には、「すぐに周りに聞くな!」、周りには「チチには、教えるな!」と言っていました。
私の中では、全然、すぐではなく、いろいろ困り果てての行動だったのですが、講師の方にはそうはうつらなかったようです。
今のようにインターネットもありませんので、自分で調べることもできずで、毎日暗澹たる思いで過ごしていました。
結局、
Aクラス→Bクラス→Cクラス
とドンドンクラス落ちしていき、2ヶ月ほど苦しい思いをしました。
一番下のクラスになって、基本から、わからないことは1つずつ教えてもらえるようになってからは、研修も楽しく、ドンドンプログラムが書けるようになっていきました。
以上の2つの経験からわかったことがあります。
見てすぐに模倣できるか、できないか
「学ぶ」は、「まね」ぶ から由来していると言われますが、多分、私の場合、ただ見たり、聞いたりしただけでは、真似、模倣、再現することができないのだと思います。
実際に自分で手、体、頭を動かしてみて、何度も失敗しながら、トライしていくうちに、少しずつできるようになることが多いみたいです。
あきらめが悪いから、最後までやり抜くと、結果できるようになるような。
いわゆる、勘が鈍いとか、飲み込みが悪い、センスがないという部類ですね。
性格があまのじゃくのせいなのか、頑固なのか。
どうしてそうなるのか?そうじゃないといけないのはどうしてか?
1つずつわからないと前に進めないことが多々あります。
ケイとの受験勉強は?
ケイもどちらかというと、私に似ていて、絵も得意ではないし、センスがいい方ではありませんが、
わからないことから逃げずに、あきらめず、集中して継続することができるので、そういう性格にあわせた学習を心がけてきました。
・新しいことに関しては、「すぐにできなくても大丈夫」とあらかじめ言っておく
中学受験の勉強は、小学校で習わないような高度なこともやるので、すぐにできなくても大丈夫。
1つずつ、できることを増やして、積み上げ式でものにしていく。
私が感じていた、できないこと、わからないことへの恐怖やつらさが学習を阻害する大きな要因になるので、それを出さないようにしました。
こう言っておくと、できた場合、「よくできた!素晴らしい。」と言えますし。
・きちんと間違える
間違いは、いけないこと、悪いことではなくて、トライした結果。
自分が正しく理解できているか、覚えているかどうか、これを経てわかります。
また、どういう間違いか明らかにすることで、対策も立てやすくなります。
「誤字・脱字」
「ケアレスミス」
「覚え間違い、覚えていない」
「勘で当たったのは正解ではないので、ちゃんと理解しておく」
・質問には答える
質問に答えてもらえない(質問させてもらえない)つらさを経験したので、質問にはきちんと向き合って、答えるようにしていました。
サポートしているこちらも真剣であることを伝えるためです。
ケイの勉強中は、私も仕事をしていたのですが、仕事の手を止めて、すぐに判別できることならいいのですが、算数など、実際に解いていかないといけないものは、解いてみて、答えていました。
その時に気をつけるのは、どこまでわかっていて、どこからわかっていないかということを確認することです。
「わからない」という場合も、全く何もわからないということはほとんどありません。
どこまでわかっていて、どこで躓いているかを確認し、どうやってそこを越えていくかのアドバイスをします。
全くわからないという場合は、とっかかり、つかみ所、問題に取り組む際の視点が欠けていることがほとんどなので、
「こういう問題は、まずは、ここから始めるのだよ」
というところから説明します。
・できるようになったこと(=成長)を褒める
単純に問題ができることよりも、前はできなかったけど、できるようになった、あるいは、工夫をして解いてみたことは、
「いいね」「レベル上がってきているね」
と、以前のケイを基準にして褒めるようにしていました。
・よかれと思って教えたことがためにならないこともある
「こうやればいい」と強制的に教えることは可能ですし、それですぐにできる人もいますが、私のようにそうではない人もいます。
ケイの場合、
新6年の春休みにやった地理のメモチェであったり、基礎が固まっていないのに7月にやった志望校以外の算数の過去問であったり。
正直、これは、失敗でした。
ケイがきちんと取り組んでいるのに、うまくいかなければ、教える方法がよくないと考え、それについては、私のやり方だったり、個別塾のやり方に問題があったと伝え、改善しました。
大人も完璧ではないし、うまくいかないこともあって、ただ、それは、時間が許す限り、修正を加えながらよくしていけばいいことなので、中学生になったとき、自分の力で勉強していくときに、こういった経験も役立ててもらいたいと考えて、試行錯誤する方法でやってきました。
決して、これまで順風満帆ではなかったですし、これからも、ケイも私も多くの壁にぶつかると思いますが、こうやって自分がどういう人間か理解しようと努め、トライし続ければ、人生何とかなるだろうと、漠然と考えています。
コメント
おはようございます!
子供との向き合い方、とても参考になるエピソード、ありがとうございます。
最近、ひょんなことがきっかけで、うちの子は、自分で納得出来ないと、次のステップに進めない子だったなってことを思い出しました。
小さい頃は、食べた歩いた話したとか、変化著しくもありますが、大きくなってくると目に見えない部分の変化の部分も多くなり、忘れていたわが子の成長のステップでもありました。
受験や受験勉強に対しての本人の向き合い方も、無理矢理引っ張っていくのではなく、チチさんのように丁寧に子供の気持ちを引き上げてあげるのが大事だなあって思いました。もうすぐGWですね。あまり欲張らず、チチさんとケイくんの一年前を参考にさせて頂き、自宅学習頑張ります。
>ぴら。 さん
コメントありがとうございます。
我が家には、保育園児の弟君がおりまして、彼を見ていると、スモールステップの大切さわかります。
何か1つできるようになると、とてもうれしそうな顔をして、「できたよー」と猛アピールです(笑)。私達も「すごいねー。天才だ!」と大絶賛!
ケイも大きくなりましたが、この方法、とても有効でした。
中学校に入学しても、まだ、「宿題終わったよ」なんてアピールしてくるので、
「さすが!」とこちらは、大げさにならない程度でほめています。
今後もこの方法でいきたいと思います。
GW始まりますね。学校行事なども始まっているでしょうか。中学校の学校説明会もあったり、少し体力的にきついかもしれませんが、頑張ってください。
我が家は男女の双子の受験生です。
娘は器用、息子は不器用。
息子にはハラハラさせられます。
でも不器用だから粘る、それが彼の
強みでもあります。
この一年は不安との闘いですが、
頑張ります。
>さがゆふ さん
コメントありがとうございます。
不器用は欠点のように思われがちですが、それを補う粘り強さを身に付ければ、逆に長所になるのかなと。
自分がわからないこと、できないことから逃げない姿勢で、最後の最後にはやりとげてしまうみたいな。
ケイもこれを続けていたおかげで、夏休み以降の辛い時期、入試直前、恐れるよりも挑むようになっていたと思います。
なかなか前に進まず、成果も一気には出にくいので、親はヤキモキしてしまいますが、息子さんもきっとうまくいくと思います。応援しています。